2013年6月27日木曜日

真っ白な男

おい、酒だ。酒持ってこい。……聞こえねぇのか、酒だよ! もうこっちの瓶はカラなんだ。ぐずぐずすんな。え、なに? 飲み過ぎだと? やめろだと? 誰に向かって言ってんだこのばい菌オンナがっ! おまえは言われた通り動いてりゃいいんだよ! さっさと持ってこいオラァ!

ちくしょう。くそっ。おれだってなぁ、飲みたくて飲んでんじゃねぇんだ。あんときのことがよぉ、思い出すだけでこわくってよぉ、飲んでねぇと、こわくて死にそうな気持ちになるんだよ。素面じゃ、とても、一時間だっていられねぇ。ああ、またあの野郎の面がフラッシュバックしてきやがった。あのおぞましい、角の生えた、全身真っ黒の、汚らしい面がよ……。

別に、おれは、自分の行動を後悔しちゃいねぇよ。正しいことをしたと、いまだって思ってるんだ。正義のために戦った、なんていうと偉そうだが、しかし、そのつもりだったさ。いや、そうさ。あんときだって、おれはあの少年を守ろうとした。そのために、あのばい菌野郎に立ち向かったんだ。そこはまちがっちゃいねぇ。いや、誰にも、まちがってるなんて言わせるもんかい!

しかし、まさかあいつがあんな強いマシーンを持ってるなんて思わなかったんだ。想定外だぜ。ありゃあ、この世界のものじゃねぇ。あんなのは、ハリウッド映画の領分だ。あんな、ぎらついた金属でできたモビルスーツみたいなもんを持ち出してくるとはな。どうしろってんだよ。

けど、ボロボロになりながらも、おれはがんばったよ。死力を尽くして。おまえも見てただろ……ん? おい、もう酒がねぇぞ。もう一本持ってこい。なに、もうないだ? んなもん、酒屋に行きゃいくらでもあんだろ! 金か? 金ならほら、このマントをやるから、質にでもヤフオクにでも出してこいっ! どうせおれはもう飛ばねぇんだからよ。

えっと……そうだ。おまえも見てた通り、おれはからだ中から血を流しながらも戦ったよ。パンクズみてぇになりながらな。そして、あのばい菌野郎のメカに踏んづけられて、ぺしゃんこになる直前、あいつに助けられた。そう、アンパンマンの奴にな。おれは一命を取り留めた。けど、もう、こころの方が、だめだった……。

なぁ、ドキン。こんなになっちまったおれを哀れだと思うかい? なに、思わねぇだと? 嘘をつくなっ! おまえが慕ってたのは、こんな男だったか? パトロールもしねぇで、あのばい菌野郎に立ち向かうこともなく、昼間っから飲んだくれてる、この口の汚ねぇアル中がよぉ、哀れじゃねぇといえんのかっ!

おまえも、無理すんな。こんなアル中につきあうこたぁねぇんだよ。またあのばい菌野郎のとこへ帰ったらどうだ? どうせ、おれはもうだめなんだ。顔は新しいのを焼いてもらえても、こころは焼き直せない。おれのこころはもう折れちまってるんだ。またあの、身の毛もよだつような強力なメカに立ち向かう? 絶対に無理だね。

おい、ドキン。酒はどうした? なにボーッとしてやがんだ、ばい菌オンナがっ! つべこべ言わねぇで、おとなしくおれの言うことにしたがえっ! おまえもむかし、さんざん言ってたじゃねぇか。目をハート形にしてよぉ。おれは……おれはなぁ……腐っても、カビても、食パンマン様だぞっ!

2013年6月11日火曜日

結婚記念日

今日は、わたしと妻との結婚記念日です。

このブログには書いていなかったかもしれませんが、実は、わたしは二年前に、学生結婚をしたのです。妻は当時、すでに売れっ子の女優で、映画やドラマの主演もこなしていました。もちろん、日本中に、いえ、世界中に彼女のファンがいて、かれらにとっては高嶺の花中の高嶺の花だったようですが、わたしは、そんな彼女からの熱烈なアプローチに根負けし、結婚したのでした。

「しかし、なぜさえない大学院生のおまえが?」

そうお思いの方もいるでしょう。ですが、わたしはすでにその頃、学業の傍らIT企業をおこし、実業家としてかなりの成功をおさめていたのです。当時マスコミは、わたしのことを「コンマ1秒で10億稼ぐ男」として、こぞって取りざたしたものでした。

そして、連日のようにわたしのマンションに押し掛けてはインタビューをもとめ、さらには念入りに経歴を調べあげて、高校時代に陸上競技で三つの日本記録を樹立したことや、大学からはじめた射撃でオリンピックに出場したこと、果ては学生時代に流した浮き名の数々にいたるまで、テレビや雑誌でばらされてしまったものです。

そんなわたしも、二年前に、もうだいぶ遊んだことだし、彼女のこともいいなと思ったので、結婚して身を固めたというわけです。彼女もわたしもふだんは忙しく、なかなか会えない日も多いのですが、彼女からの愛はあいかわらず感じていますし、もちろん、わたしも彼女のことを愛しており、結婚してよかったと思っています。

さて、そんな妻と、年に一度の結婚記念日ですから、目下、プライベートジェットにのってタヒチへ向かっているところです。日本にいると、わたしも妻もめだちすぎ、旅行どころではないのです。おや、妻がすてきなドレスに着替え、ワインを片手にやってきました。このへんで、今日の日記は終わらねばなりません。

へへ、へ、へへへ……。

2013年6月9日日曜日

自然に帰ろう

先週に続き、今週も採用試験でございました。

まずはマークシートでセンター試験の亜種のようなものを解く。いやはや、高校生の頃の自分であれば「こんなもので人間の能力の何がはかれるっていうんだ!」と憤っていたでしょうが、もうわたしは完全に試験というものに慣れ……という話はもうしましたね。

きょうは試験会場が、わたしの通う大学でした。といっても、いつもいってるキャンパスではなく、電車にのって降りたら急な坂をのぼって結局自宅から一時間ほどもかかる遠いキャンパスです。一回生、二回生の若かりし日に通っていたキャンパスです。

久々にそのあたりにいってみますと、やはりいなかでございますから、緑が多い。駅を降りて歩き出すとすぐに田んぼです。坂をのぼりはじめると、左手にはうっそうとした林、右手には雑草や花がそよ風にゆれておる。そんな場所です。

わたしは普段、京都市の中心部におりますから、こんな光景はなかなか見ることがありません。ですので、たまにこういういなかの風景を見ると、なんだかこころが落ち着くのです。自然が、荒んだこころを癒してくれる。

と、なんだか都会人らしいことを言いましたが、実のところ、わたしはいなか出身なのです。しかも、故郷は半端な田舎ではございません。元無医村、いまでもコンビニは一件もなし、小中学校はすでに廃校、そんなところです。つまり、わたしは、いまでこそこうしてパソコンなどという文明の利器を使っていますが、本来、野蛮人なのです。ああ、沢ガニを砂に埋めて遊んでた頃が懐かしい。

そんな野蛮人のわたしは、久しぶりに自然豊かな風景を見て思いました。もう、そろそろ自然へかえろうか、と。もともと、わたしには、都会は向いていなかったのかもしれません。大都会はこわいからと、埼玉出身であるにもかかわらず、東京を避け、京都にやってきたのでしたが、それでも、京都でも、わたしには賑やかすぎるのです。

先日遊びに来た母が申しておりました。「近所の空き家にイノシシの夫婦が住み着いた」と。わたしの故郷は、もう、いよいよ人間の居場所まで動物にのっとられ、自然にかえろうとしております。わたしももう、あの故郷の村とともに、人間世界を離脱し、自然の世界に戻ろうかと、そんなことを夢想しているきょうこの頃。

2013年6月8日土曜日

盗みの連鎖

むかしある村で、こんな事件があった。

ある日、鮮度を売りにしているある寿司屋の魚を、一匹の猫がくわえて持ち去ってしまった。水槽の中のまだ生きたままのやつを、狡猾な泥棒猫が盗んでしまったのだ。店の大将は包丁片手に泥棒猫を追いかけたが、残念ながら路地に逃げ込まれ、捕まえることができなかった。

猫は一安心してゆっくり路地裏の塀の上を歩き、まだぴちぴちと動いている魚をくわえながら、どこか落ち着いて食事に専念できるところはないかときょろきょろしていた。しかし次の瞬間、泥棒猫はある少女に捕まってしまった。少女は猫泥棒だったのだ。

猫泥棒に捕まった泥棒猫は、もがいたけれども逃げられなかった。少女はいやがる猫を小脇にかかえて、家まで持って帰ろうとした。やっと猫が飼えると思うと、わくわくしてスキップまでしてしまった。

けれども途中で、猫泥棒の少女はある男に誘拐されてしまった。男は身代金目当てで、ひとりで歩く無防備な少女をねらったのだ。男は、魚をくわえた泥棒猫を小脇にかかえた猫泥棒の少女を自宅へと連れ去った。

しかし、結局この誘拐計画は失敗してしまい、男はお縄になった。もちろん、男は法廷で裁かれ、その動機や方法など、あらゆることが取り調べられた。そして、その審理が進むなかで、事件の全貌が明らかになると、裁判長はこういった。

「この事件は、まるで盗みの連鎖反抗じゃないか。いかん。これはいかん」

そうして、この発言以後、被告の男にはボディーガードがつくことになった。連鎖がまだ終わっていないとしたら、この男がまた誰かから盗まれる(誘拐される)おそれがあると判断されたからだ。

一方、最初に泥棒猫に盗まれた魚には、よからぬ嫌疑がかけられた。魚は小型の水槽に入れられた上で法廷への出頭を命じられ、いまや、証言台の上で裁判長と向き合っていた。

「魚くん。きみはいったい、何を盗んだんだ? 正直に言いたまえ」

裁判長にこう詰問された魚は、たいそうギョッとしたという。

ええ、終わりです。

2013年6月7日金曜日

海外では

「海外では」ということばがきらいだ。大きらいだ。

他にも、同系統のものとして「外国では」があります。わたしは、このことばを吐くひとの胸ぐらをつかんで、その鼻面にこんな叫びを浴びせてやりたい。「海外って、どこの国やねん!」と。

たとえば、ホンマでっか!?TVにときたま出演しているある女性評論家が、しばしばこのような言い方をしております。「海外のセレブのあいだで、○○が流行しているんです」と。しかし、それははたして、海外すべてを指してのことなのでしょうか。ご紹介のそれは、コロンビアやラオスやタンザニアでも、ほんとうに流行っているのですか。

きっと、アメリカとか、ほんの一部の先進国のことを言っているだけなのです。なのに、それを「海外」とか「外国」と、日本以外すべてを含むことばで表現していることが非常に腹立たしいのです。

別に、その評論家に限りません。世の中では、「日本人は○○だが、外国にいくと○○」というふうに、なぜだか、世界を日本と日本以外というたった二種類に分けて語るひとが多い。「外国人は日本人とちがって自己主張をしっかりする」というが、それはほんとうなのですか。ほんとうにリトアニア人もナイジェリア人もカザフスタン人も、しっかり自己主張をできるのですか。

さらにはなはだしきは「世界」です。「世界へ飛び出せ」と、よくひとは言います。しかし、日本も世界の一部なのではないのですか。それとも、日本は世界のなかに属していないのでしょうか。ここは世界の外、異界なのでしょうか。しかも、世界へ、といったって、それはどこのことを指してのことなのでしょう。カナダですか、キューバですか、ガーナですか、佐渡島ですか。

思うに、日本人は日本という国を世界のなかで特殊なものと考え過ぎなのです。外国といったって、千差万別。日本と似た国もあれば、まったくちがう国もあるはずです。二百ほどもある外国をすべていっしょくたに考えるなど、それこそ、もっとも国際感覚の欠落した思考法ではないでしょうか。

日本人ははやく、そうした未熟な発想から脱皮し、海外の人々と対等に話せるようになって、広い世界へと出てゆくべきでしょう。

2013年6月5日水曜日

空をいじめるな

その丘の上にある空は、なぜだか橙色をしておりました。

私がいつ、どうやって、なぜ、その奇妙な野原に行ってしまったのか、それはまったく覚えていません。自分の足で来たのか、誰かに運ばれてきたのか、それもわかりません。とにかく、気づいたら私は芝生で覆われたそのなだらかな丘に寝そべっており、パチリと目を開くとそこに、橙色の空が広がっていたのです。

しかし、その空は、夕焼けのために橙に染まっているのではありませんでした。だるい上体を起こし、まだぼんやりした頭で周囲をたしかめてみると、太陽がなかったのです。その上、空一面がすべて、一様な橙色に染まっていたのです。もしこれが夕焼けならば、空の色は赤から群青へとグラデーションしているはずですが、そうではなかったのです。

まったくどうなってしまったのだろうと困惑しておりますと、そこへ、濃い紫色をしたひとが歩いてきました。私を心配してくれているのと同時に、警戒しているようでもありました。

「おい、あんた、大丈夫かい?」
「はい。まあ……」

ここがどこかもわかないし、自分の身に何が起こったかもわからないので、ほんとは大丈夫とは言い難いのですが、とりあえず怪我をしているわけでもないので、そう答えました。

「あの、ここはどこなんですか?」と私は訊きました。
「いやぁ、どこってほどの場所じゃないよ」
「でも、教えて欲しいんです。何県ですか? 何市ですか? それだけでも」
「そんなもん、知ったこっちゃないね。あんたこそ何もんだい? そんな布を全身に巻き付けたりして」

どうも、この濃い紫色のひとは話が通じないひとのようです。それはでも、そもそも全身すべて紫で、服も着ておらず、どこに間接があるのかもわからないような姿ですから、当たり前といえば当たり前です。

「ところで、この空なんですが……」
「おっと! 空だって! 空がどうしたって?」

なぜかかれは、急に興奮しだしてすごい笑顔になりました。

「この空は、どうしてすべて橙色なんですか? 太陽はもう沈んだんですか?」
「へっ! 太陽なんざもう七年も前に撃ち落として、ばらばらにして売っぱらっちまったよ。この橙色はおれが染めたのさ」
「まさか!」
「ほんとうだとも!」
「じゃあ、ずっとこの空は橙色なんですか? 青空は?」
「いやいや。たまには変えてるさ。興味があるってんならお見せしよう。ついて来な」

こうして、私はこの紫色のひとのあとについて、丘を歩いてゆきました。かれはいったんその小高い丘を下りきると、隣にあった三倍ほどの丘をのぼってゆきました。その頂上に到着しますと、釣り竿のような道具がひとつと、それに机があり、机の上には液体のような中身が入った色とりどりの注射器が置いてありました。

「見てな。これで空の色を変えてやるんだよ」
「いったい、どうやって?」

私はすっかり混乱してしまいました。けど、そんな私のことなんて気にも留めず、彼は慣れた手つきで釣り竿のような道具の先端に青いものが入った注射器をセットし、「これには濃縮された青が詰まってんだ」と手もとを見ながら得意げに言い、それからしゅるしゅるとその道具を伸ばし始めました。

「もうちょっとだ。見てろよ」

先端に注射器のついたその棒は釣り竿の要領でどんどん真上に伸ばされていき、とうとうそのてっぺんが見えなくなってしまいました。そしてすべて伸ばし切ると、上の方で「痛っ!」という声がかすかに聞こえました。

「よし、刺さった。じゃ、いくぜ」

紫色のひとは棒の手もとにあるスイッチのようなものをぐいっと強く押しました。すると、「ううっ」と上の方でうめき声があがり、やがて、針が刺さったのであろう場所を中心として、同心円状に、青色が広がってゆきました。青はみるみる橙を浸食していき、広い空がものの二十秒ほどで真っ青になってしまいました。

「すごいもんだろ? どんな色にでもできるんだ」

紫色のひとはにやりと笑い、ふたたび棒をしまいながら言いました。

それから、「もっと見せてやろう」とかれは言い、こんどは緑色の入った注射器をセットして同じようにしました。また、上の方で「痛っ!」とか「ううっ」という声がして、空が緑色に染まりました。緑色の空なんて生まれてはじめて見ましたので、私はなにか、身の毛のよだつ思いがしました。

「よし、次は何色にしようかな」
「いえ、もうけっこうです」

私はお断りしました。これ以上、空の色をぽんぽん変えられたら、頭が変になりそうだったからです。それに、信じ難いことですが、どうやらかれは空に注射をむりやり打ち込んで色を変えているみたいで、空がかわいそうになったのです。

「遠慮するこたぁない。それに、緑のままじゃきもちわるいだろ」

そういうと、かれは次に白をセットして、また同じようにしました。するとこんどは、空が「もういやだっ!」と叫び、空全体がぐらぐら波打ったかと思うと、急に雨が降って来たのです。経験したことのないような強い雨が、突如として私たちに降り注ぎました。

「こ、こいつは弱った!」

紫色のひとは頭を抑えながら大声で言いました。けれども、調子づいているからこういうことになるのです、きっと。私は、できる限りはやく、この紫色のひとのもとを去ろうと思いました。

が、雨がそれを許してくれませんでした。その雨は、さらさらとした普通の雨ではなくて、非常にねばっこい、どろどろとした雨だったのです。まるで、アラビックヤマトを浴びている気分でした。全身はびしょびしょ……ではなく、どろどろになってしまい、歩こうとしても、地面にたまったその液体のせいで足を上げられません。ここは丘の上ですから、かなりの量が下へ流れてくれているはずなのに、それでも、だめなのです。

やがて、私はその糊のような液体に口も鼻も塞がれて、気を失ってしまいました。

2013年6月4日火曜日

安部公房『砂の女』

安部公房『砂の女』を読みました。

これまでの人生で、わたしはたびたび安部公房を友人らにすすめられました。おすすめされた回数で言えば、村上春樹の方が多いのですが、しかし、安部公房に関しては「おまえはたぶん好きだろう」というトーンですすめられたので、わたしとしても、こいつは何かあるな、と思っておりました。

が、結局かれの作品を手に取ることなく、この年になり、そうして、ようやく重い腰を上げて、きのう、書店で『砂の女』を買ったのです。で、読んでみますと、もうほんと大好物。こういうの、大好き。理由もなく躊躇していた過去の自分に砂をかけてやりたい。

わたしはこれまで、鳥居みゆきが好きとか、ポピーザパフォーマーが好きとか、いろいろ周囲に言ってきました。あと、書く日記なども、そういうたぐいの、キ印なものが多い。そんなわたしを見て、なぜかれらが安部公房をすすめてきたのか、わかった気がいたします。かれの作品は、まあ、そういう不条理なタイプのものなのです。

おそらくこういうタイプの作品のひとつの源流は、L.キャロル『不思議の国のアリス』でありましょう。けど、ある種の古典落語や、先日ご紹介したチュツオーラの作品にも、そういうエッセンスは多分にある。きっと、不条理なユーモアというのは、何か、人間というものの根源的・普遍的な部分に源流を持つのでしょう。

ちなみに、『砂の女』はほんとに砂っぽい。砂丘にあいた穴の底にあるぼろい家が主な舞台で、そこでもとから住んでた女と罠にかけられて監禁された男が右往左往するのですが、もう、しゅうし砂砂砂です。家の中にいても部屋は砂だらけだし、口の中にも砂が入ってくるし、もう読んでるだけで口の中に砂が湧き出て、鼻から砂が出てきそう。とにかく、砂なのです。砂、砂、砂。ああ、もはや砂という語がゲシュタルト崩壊を起こしておる。

さて、この本ははやばやと読了してしまいましたので、今日、大学の購買でさっそく『壁』を買ってきて、もう読み始めました。これもなかなか、不条理でおもしろい。そして、やはり文章がうまい。もはや完全に安部公房フリークとなってしまっています。

不条理、理不尽、奇妙キテレツな話が好きという方は、ぜひお試しあれ。

2013年6月3日月曜日

結婚はまぼろしです

結婚できないひとが増えていると聞きます。

統計上も、かつてと比べ、急激に若い世代の未婚率が上昇しているようです。しかし、結婚したいというひとは男女ともに多いようで、メディアでは頻繁に婚活だの集団お見合いだののようすが報道されています。なりふりかまわず、優良物件を血眼でさがすその姿、いかがなものでしょうか。

そもそも、結婚というものにそこまでの価値があるのか。少し世の中を見渡せば、容易にあるとは言えないでしょう。結婚しても、夫婦喧嘩がたえなかったり、相手のアラばかりが見えてきたり、姑にいびられたり、子どもがひきこもりになったり、世界から戦争がなくならなかったり、つらいことばかりではありませんか。

思うに、世の中のひとびとは、結婚しなきゃという空気に飲まれている。恋人が欲しいというのもそうです。世の中で、みなが恋人を欲しがるから、ぼくもわたしもと、流されているだけなのです。ジャック・ラカンいわく、「欲望とは、他人の欲望である」。他人が結婚や恋愛を求めるから、のせられているだけなのです。いわば、共同幻想なのですそんなものは。

たとえば、あすから急に将棋ブームが巻き起こったとします。世の中は将棋の話題一色です。学校でも職場でも、休み時間には将棋の話ばかり。テレビをつけても、朝から晩まで将棋番組です。報道ステーションのキャスターは、古館さんから羽生さんに交代。しかも、ニュースはすべて将棋関係です。AKB48のニューシングルは「歩と香車ゲット」です。将棋の知識やつよさこそが、人間としてもっとも重要なものであるという風潮になるとします。そしたら、きっとあなたも将棋のルールを覚えたり、上達をめざすようになるはずです。少々値の張る将棋盤を買うかもしれません。

結婚も同じこと。そういう風潮だから、したいという人が多いだけなのです。

ほんとうの人生は、そんな幻想の先にはなく、ただ、日々の生活の中にしかありません。これは今だけ。ただの場つなぎ。ちょっとしたステップ。そう思って、きょうしていたことが、人生そのものなのです。よりよい明日など、永遠にこないのです。

と思えば、しあわせな結婚を夢みてかけずり回るひとたちが、実に浅ましく見えてくるではありませんか。他方、オタクと呼ばれて蔑まれている男性たちが、むしろ立派に思われてくる。かれらは、何かのためにアニメをみたりフィギュアを買っているわけではない。ただ、いま、そのときどきに楽しむというだけなのです。オタクはいまを生きている。すばらしいではありませんか。

なんだか、少々偉そうな口調になってしまいましたが、ただわたしは、おぼろげな未来を夢みて苦心惨憺するよりも、いま手もとにあるしあわせを大事にした方がいいのではないかと、そう思ったのです。所詮、結婚など夢幻のたぐいです。恋人だなんて、そんなもの、この世にはおりません。街で見かけるあれは、みな幻覚なのですよ。

そう、みな実体のない、まぼろし、夢、幽霊、蜃気楼、副作用、ふふ……ふへへへ……。

コミュ障

コミュ障、ということばがございますな。

わざわざ書くまでもないことですが、コミュニケーション障害の略語です。就職活動の激化にともなって、ひろく使われるようになったことばです。よく、自分はコミュ障だから、などと自虐的に使われるのも目にします。

けれども、このことばが本来持っている意味にかんがみると、いささか安易に使われ過ぎてはいないでしょうか。コミュニケーション障害というのは、本来、そんなに生易しいものではないはずです。なのに、せいぜい性格がやや暗いとか社交性に欠けるくらいのひとが、コミュ障だと自称している気がするのです。

コミュニケーションに障害があるというのなら、せめてこのくらいでなきゃいけません。

「弊社を志望した理由を教えてください」
「はい。わたくしがある日、川原を散歩しておりますと、一匹の沢ガニが近づいてきまして、こう言うんです。おまえはまっすぐに歩いているが、そのコツを教えてくれないか、と。その沢ガニは、どうしても横にしか歩けないから、まっすぐ歩けるわたしにレクチャーを求めて来たのです。そこでわたしは……」
「あの、すみません。途中でさえぎって申し訳ないですが、その話が志望理由につながるのですか?」
「はい。そこでわたしは、ポケットに入っていた単三電池入りのおにぎりを取り出し、そのカニの手前三十センチのところに放りまして……」
「すみません。お話の中身がよくわからないのですが」
「単三電池です。アルカリの」
「それはあなたが持っていたおにぎりの話ですよね?」
「いえ。これは、わたしのひ孫から聞いた伝説です」
「……少し混乱してきたので、別の質問をしましょう。あなたの長所と短所を一つずつ教えてください」
「長所は髪の毛が一本もないところ、短所は……」
「失礼。見たところ、黒々とした髪が生えていますが?」
「これは髪ではありません。苔です」
「苔?」
「はい。ひとが分泌する油を栄養として育つ、特殊な苔です。それを、頭髪がわりにのせているんです。塩分がつよく、水にひたすとぬめりけを持ちますので、味噌汁なんかに入れると美味ですし、最近ではピザの具としても……」
「もう結構です。おひきとりください」
「すみません。オヒキ鳥はいま持っていません」
「いや、オヒキ鳥をくれと言ってるのではないんです。そんな鳥聞いたこともないですし」
「オヒキ鳥は焦げ茶色のまるい胴体をした鳥で、足は小枝のように細く、その肉は塩漬けにしておきますとかなり日持ちがする上にジューシーで……」
「オヒキ鳥の説明はいりません。もう帰ってください」
「土に還れと、こうおっしゃるので?」
「家に、です」
「どの家に帰れというのですか? あなたの家に、ですか?」

これなら、コミュ障ですと言っていいでしょう。

小論文という存在

本日は、といってももう日付は変わっていますが、ある試験でございました。

某公的機関の採用試験だったのですが、あさ、めざましで七時に目を覚ましますと、わたしは眠い目をこすりながらアラームを止め、そのまま二度目の眠りへと入ってゆきました。そして、次に目覚めたのが八時。わたしは気持ちのよいお布団から飛び上がり、髭もそらずに部屋を飛び出し、タクシーに飛び乗りました。

そうして、試験会場に到着しまして、ぎりぎりで入室。何とか戦場に立つことができたわけです。

まずは、マーク式の筆記試験。五つの選択肢から正解と思うものを選び、楕円の中を鉛筆でぬりつぶします。もはや、この手の試験は慣れっこです。高校生の頃であれば「こんなので人間の何がわかるっていうんだ!」と憤っていたでしょうが、わたしはもはや完全に学力試験というものに適応済み。何の疑問も抱かず、せっせとマークをぬりつぶします。いいかい坊や、こうやってひとはオトナになってゆくんだよ。

午後には記述式の試験が二つ。一つ目は専門的な知識を問うものですが、次のはいわゆる小論文です。

さて、この小論文というものがなかなか解せない。

いえ、難しいわけではないのです。書き方がわからないわけでもない。が、その存在そのものが実に奇妙に思われるのです。たとえば、本屋に行けばさまざまなジャンルの本がありますね。小説、エッセイ、紀行文、詩、論文、学術書、実用書などなど。しかし、小論文というものはない。

つまり、小論文というのは、試験のときにのみ受験生が書かされ、そして試験官のみが読むという、実に特殊なものなのです。「小」がつくとはいえ「論文」などというたいそうな名で呼ばれていて、その存在価値はただの問題でしかない。まるで、箱庭の中でしか生きられない実験動物のようではありませんか。

しかも、個性や独創性がさして要求されるわけでもなく、起承転結の構成と基本的な文章作法を守っていればそれでよいという、なんともおもしろみのないたぐいのものなのです。毎年毎年、どれだけの小論文なるものが、この国で生産され、採点され、処分されているのでしょうか。いやはや、まったくもって意味のない、存在根拠の薄弱な文章ではありませんか。

しかし、採点もされず、合格にもつながらず、何の益ももたらさない文章というのも、この世にはあるのですがね。ここに。

2013年6月1日土曜日

安心ひきこもりライフ

かつて私にも、真正ひきこもりだった時期がありました。

いまとなっては悪夢を見ていたような気がしますが、命からがら高校を卒業したあと、一年ほど実家にてひきこもり活動に従事していたのです。そのときの焦燥感・不安感たるや、恐ろしいものでした。所属がないというのは、実に、人間のこころを不安定にさせるもの。あの頃はまるで、自分が誰でもなく、世界の外にいるような気分でございました。

その後私は一念発起し、予備校の寮に入れてもらって、勉強漬けの一年を過ごしまして、その甲斐あり、大学に入ることができました。なんとか、ひきこもりから抜け出ることができたわけです。終わらないはずの地獄の刑罰が終わったような、そんな、信じられない気分でありました。

さて、それから後も、私はひきこもりという現象に興味を抱きつづけ、各種のひきこもり本を探しては読んでいました。斎藤環『社会的ひきこもり』はもはや古典。近著『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』も読み応えがありました。上山和樹『「ひきこもり」だった僕から』はこちらの心までひりひりするような赤裸裸な内容で、石川良子『ひきこもりの<ゴール>』は、博士論文が元のわりにはわかりやすいものでした。また、これは小説ですが、著者が元当事者である『NHKにようこそ!』は必読の書です。これが芥川賞と直木賞をW受賞しなかった理由がわかりません。

と、さまざまなひきこもり関連の本があるわけですが、出色なのがタイトルに掲げた本です。

勝山実『安心ひきこもりライフ』

これは、元ひきこもりの方が書いた、いわばひきこもりのマニュアル本です。かつてないコンセプトの本なのです。ひきこもり関係の本はだいたい学者が書いたものと当事者が書いた(もしくは語ったのを書き起こした)ものの二種類にわけられるのですが、後者のタイプは深刻になりがちです。語り口も、非常にまじめでシリアスになる。普通、そうならざるをえない。

が、この本は文章が実に洗練されており、ユーモアたっぷりで、楽しく読めます。そこらの小説家よりよっぽどうまい文章で、ひきこもりに関するあれこれが語られているのです。ひきこもりに関心が薄い人でも、きっと、軽妙洒脱なエッセイとして楽しめることでしょう。その、色彩をもたないなんちゃらという本など捨ててしまいなさい。

さて、さきほどひきこもりのマニュアル本だと言いましたが、しかし、完全にひきこもりを是としてすすめているわけではないのです。心からひきこもりたくてひきこもり、ひきこもりライフを楽しんでいる能天気な男の本、ではないのです。軽妙な文章の背後には、長年にわたる苦悩・葛藤・焦燥といった渦巻く負の感情がしっかり透けて見えます。ゴッホは、美は苦しみからのみ生まれると言いました。この本のユーモアは、やはり苦しみから生まれたのだと思います。

勝山実『安心ひきこもりライフ』、ぜひご一読ください。

またひきこもりに返り咲きそうな私は、今夜また読み返すことに致します。