2013年6月1日土曜日

安心ひきこもりライフ

かつて私にも、真正ひきこもりだった時期がありました。

いまとなっては悪夢を見ていたような気がしますが、命からがら高校を卒業したあと、一年ほど実家にてひきこもり活動に従事していたのです。そのときの焦燥感・不安感たるや、恐ろしいものでした。所属がないというのは、実に、人間のこころを不安定にさせるもの。あの頃はまるで、自分が誰でもなく、世界の外にいるような気分でございました。

その後私は一念発起し、予備校の寮に入れてもらって、勉強漬けの一年を過ごしまして、その甲斐あり、大学に入ることができました。なんとか、ひきこもりから抜け出ることができたわけです。終わらないはずの地獄の刑罰が終わったような、そんな、信じられない気分でありました。

さて、それから後も、私はひきこもりという現象に興味を抱きつづけ、各種のひきこもり本を探しては読んでいました。斎藤環『社会的ひきこもり』はもはや古典。近著『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』も読み応えがありました。上山和樹『「ひきこもり」だった僕から』はこちらの心までひりひりするような赤裸裸な内容で、石川良子『ひきこもりの<ゴール>』は、博士論文が元のわりにはわかりやすいものでした。また、これは小説ですが、著者が元当事者である『NHKにようこそ!』は必読の書です。これが芥川賞と直木賞をW受賞しなかった理由がわかりません。

と、さまざまなひきこもり関連の本があるわけですが、出色なのがタイトルに掲げた本です。

勝山実『安心ひきこもりライフ』

これは、元ひきこもりの方が書いた、いわばひきこもりのマニュアル本です。かつてないコンセプトの本なのです。ひきこもり関係の本はだいたい学者が書いたものと当事者が書いた(もしくは語ったのを書き起こした)ものの二種類にわけられるのですが、後者のタイプは深刻になりがちです。語り口も、非常にまじめでシリアスになる。普通、そうならざるをえない。

が、この本は文章が実に洗練されており、ユーモアたっぷりで、楽しく読めます。そこらの小説家よりよっぽどうまい文章で、ひきこもりに関するあれこれが語られているのです。ひきこもりに関心が薄い人でも、きっと、軽妙洒脱なエッセイとして楽しめることでしょう。その、色彩をもたないなんちゃらという本など捨ててしまいなさい。

さて、さきほどひきこもりのマニュアル本だと言いましたが、しかし、完全にひきこもりを是としてすすめているわけではないのです。心からひきこもりたくてひきこもり、ひきこもりライフを楽しんでいる能天気な男の本、ではないのです。軽妙な文章の背後には、長年にわたる苦悩・葛藤・焦燥といった渦巻く負の感情がしっかり透けて見えます。ゴッホは、美は苦しみからのみ生まれると言いました。この本のユーモアは、やはり苦しみから生まれたのだと思います。

勝山実『安心ひきこもりライフ』、ぜひご一読ください。

またひきこもりに返り咲きそうな私は、今夜また読み返すことに致します。

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