2015年10月4日日曜日

社会人言葉

就職して八ヶ月目、いまだに社会人として、会社員として、言動がこなれていない。

もともとそんな危惧はあったのだ。学生の頃から、いわゆる社会人の言動というのはどうも異質だと感じていた。あんな振る舞いが自分にできるのかとつくづく疑問だった。というより無理だと思っていた。無理だった。

「お疲れさまです」という奇妙なあいさつ。いや、それはまだいい。それくらいは口に出せる。けれども、電話口でとても申し訳なさそうな高い声で「お世話になっております」。この時点でちょっと「うっ」とくる。さらには対面にて何度もお辞儀をしつつ、笑顔を表情筋で作り出しつつの「この度は」「させていただきます」、そして「お待ちしておりました」などなど。ここまで来るともはや手に負えない。

正しい言葉、尊敬語や謙譲語などが分からないという問題ではない。むしろそれは分かる。ただ、そういう振る舞いがいまひとつできない。下手にやろうとすると、ヘタクソな演技をしているような気分になる。というより、そもそもどもったり赤面したりでろくにしゃべれない。

むかしからとても不思議なのだ。どうしてみんな、新しい環境に入ると、すぐに新しい言葉を覚えられるのか。高校に入れば入ったで、高校生らしい語彙を気づかぬうちにマスターして使いこなす。「キモい」と言えるようになるまで、私は10年かかった。「キショい」はいまだにボキャブラリーの中にはない。「オナチュウ」は使ったことがないし、何ならこれは「オナニー中毒」のことだと思って、耳にするたび赤面していたものである。時期は飛ぶが、院で論文を書くときも、いまひとつ学者言葉に慣れることができなかった。

このままたぶん、私という言葉をしゃべる存在は、どこの言葉の重力圏にも捕われぬまま、暗黒の無重力をさまよい飛んで、ただただふらふら、あちらへ近寄りこちらへ近寄り、狼狽しながら進んでいって、だけどもやっぱりどこにもとまらず、伴う仲間もないままで、この細いフィラメントが燃え尽きるまで、音もなく衝撃もなく、等速の蛇行を続けてゆくのでしょう。

さようなら。

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