父「おい畜太郎、ちょっと来なさい」
子「どうしたの父さん?」
父「今日はちょっと、大事な話がある」
子「なに?」
父「おまえ、いったいいつまでサラリーマンを続けるつもりなんだ?」
子「なんだよいきなり。いつまでって、定年までに決まってるでしょ」
父「だから、いつまでそんな夢みたいなことを言ってるんだと訊いてるんだ」
子「どういうこと? 言ってる意味が分からないよ」
父「お前ももう三十だろう。そろそろ将来のことをちゃんと考えて、サラリーマンでやっていくなんてのは考え直したらどうなんだ。そりゃあ若いうちはいい。しかしこれから先、四十五十になって、ずっとその会社にいられるとは限らないんだぞ」
子「だけど、うちの会社は一部上場企業だよ? 創業八十年の老舗だよ?」
父「そんなことは関係ない。これからは一流企業だってどうなるか分かりゃしないんだ。あとで路頭に迷うようなことになって後悔したって遅いんだぞ」
子「でも、いまそんなことを考えたってしょうがないじゃないか」
父「そういうところがおまえは甘いんだ。そんな刹那的な生き方では続かないぞ。いいか畜太郎、みんな成長するにつれ、身の丈にあった生活というのを見つけていくものなんだ。やりたいことだけやれるなんて、世の中そんな甘いもんじゃない」
子「別にやりたいことってわけじゃないよ。っていうか、僕も父さんみたいにニートになれってことなの?」
父「無理強いするつもりはない。ただ、自分でそれに気づいて欲しいということなんだ」
子「気づけないよそんなの。僕はニートにはなりたくない」
父「これだけ言ってまだ分からないのか。サラリーマンを続けていく、それがどれだけ大変なことか、真面目に考えたことがあるのか。現実を見ろ!」
子「見てるよ。すごく見てるよ。だから働いてるんじゃないか。僕は絶対、父さんみたいなつまらないニートにはならない! 僕は、サラリーマンを、自分の信じたこの道を進んでいく。そしていつかは課長になって、定年退職して厚生年金をもらうんだ!」
父「馬鹿野郎! もういい! おまえなぞ出ていけ!」
子「ああ分かったさ。出ていくよ。これからは一人でやっていく!」
母「あなた、よかったんですか? あんなにキツく言ったりして」
父「いいんだ。あいつはあれくらい言わなきゃ分からんヤツなんだ。せいせいした」
母「そうですか……。でもあの子、すごくいい目をしていませんでした? 本当に、強い意志があるというか、夢に向かってひたむきで」
父「そう見えたか?」
母「ええ。ほら、あの子、小さい頃からそうでしたでしょ? 自分が決めたことには全力で取り組んで、途中で放り出したりしない、そういう強い子でした。さっきの姿、あの頃のまんまでしたよ」
父「……実は、私も同じことを考えていた。あいつが、私にあれほど強く主張してくるとはな」
母「やっぱり私たちの子ですね。きっと、心配いりませんよ」
父「そうかもな。……ああ、つい大きい声を出して頭に血が上ってしまった。散歩にでも行くことにしよう。えっと、たしかハローワークは市役所のあたりだったな?」
母「あなた、とうとう職探しに……!」
父「どうやら、私もまだまだ甘ちゃんのようだ」
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