2016年2月10日水曜日

コンビニバイト初日

いつものように庭へ出て、父親がチェーンソーで切り落とした枝を運んでいるとき、私は一つの影を見つけた。長方形の畳一畳ほどの影だった。上を見上げても何もないので、変だなぁと思った。私がその不思議な影を調べようとそこへ乗っかると、影は私を乗せたまま動きだし、そのまま私を運んで行った。

影はきっと、夜のうちにだれかが夜の一部を切り取って何枚も重ね、ひとが乗れるほど分厚くした夜の名残だったのだろう。とにかく罠であることはたしかで、私はその夜の名残である影にのって何十分も運ばれていった。

到着したのは山を二つ越えたところにある木でできた店だった。店といっても人間が利用するようなものではなく、山の妖怪やら死んで黄泉の旅路についた、まだ死者としての研修も受けていないような新しい死人専用の店だった。店には一人、太ったピンク色の化け物がいて、私に服をすべて脱ぐように命じた。私は寒いから脱ぎたくなかったが、化け物は、それがここのルールだと怒り散らすので、やむなくすべて脱ぎ、代わりに化け物が枯れ木で編んだ粗末な服を着せられた。そうして私の仕事がはじまったのだ。

そこの店舗は人間の世界の店とはちがい、汚ければ汚いほど客が喜ぶということで、まずはゴミ箱の中身をぶちまけるのが仕事だった。店のなかにある汚いものをすべて床へ撒くと、さらに別の化け物が新しいゴミを方々から調達してきて、最初の化け物はそれを喜んで受け取り、私に対し、これもすべて、くまなくまき散らすように命じた。私はそれに従った。

店には飲食物の取り扱い品もあったが、これも私の知っているような食べ物ではなく、泥をまるめたものであったり、昆虫やヘビの抜け殻であったり、猫や兎の抜け毛をまとめて油で揚げたものだったりした。私は、こんなものが売れるのか、喜ばれるのかと疑問に思って尋ねたのだが、化け物は三十センチもある鼻をならして笑い、こういうものこそがここでは喜ばれるのだと自慢げに言った。実際、やってきた客たちはこうした食物とも言えない食物を喜んで買い求め、散乱したゴミの上にあぐらをかいてうまそうに食べるのだった。

しばらく私が働いていると、店の化け物の知り合いらしき化け物が数人店を訪れ、親しげに会話をしはじめた。その内容は聞くだにおそろしいもので、どうしたら他人を罠にかけ、苦しめられるだろうかという計画だった。そいつらは、とにかくだれでもいいから罠や謀略に陥れ、困らせたり苦しめたりすることが唯一無二の楽しみだったのだ。私は出入り口の上に、命じられた通り、悪臭のする腐った果物の皮などを吊るしながら聞き耳をたて、おぞましさに身震いしたのだった。

当然のごとく、私は家に帰りたいと思った。しかし、化け物が私を家へ返すつもりのないことは明白だった。もし家に帰ろうとすれば、そんな素振りを見せた瞬間、私をバッタに変えたうえで羽と手足を毟り取るぞとまで言ったのだ。だから私は命令に従うしかなかった。

そうして悪臭と恐怖のうずまく中で勤務を続けていたのだが、店のすみにいるとき、客の化け物同士が何やら悪巧みをしているのが耳に入った。なんと、そいつらは店の店主である化け物を謀略にかけ、殺してしまおうとしていたのだ。彼らは何といっても邪悪なので、顔見知りであったとて、容赦はしないのだった。彼らの話し合っていたところによれば、店の上には大きな岩が乗っているから、天井を壊して店主の化け物を下敷きにしてやろうとのことだった。これに希望を見出した私はこっそりと彼らに協力する旨を伝え、謀略に加わった。

しばらく経ち、私は店主の化け物に、あっちのほうがきれいすぎやしませんかと言い、目的の場所へ誘導していった。化け物は自らも汚くなろうと、全身に泥を塗っているところだったが、まんまと私のあとについてきた。そうして示し合わせた地点まで来ると、私は大きな声で合図を送った。すると、屋根の上で待機していた先ほどの化け物二人がその巨体で飛び跳ねたものだから、ただでさえ腐りかけていた天井が抜け、化け物はその下敷きになったのだった。

しかし、共謀者であるその化け物二人も、ほどなく私の敵になることは明白だったので、私は捕まらないうちに店の奥へと逃げ込むと、私を最初連れてきたあの四角い影を見つけて引っ張り出した。その影もまた、もともと化け物に連れてこられ、利用され、監禁されていたので、私がやってきたことを非常に喜び、私を乗せて破れた屋根から逃げ出すことに成功した。

こうして、私の久しぶりの労働は無事に終わった。働くというのは、いつの時代も、どんな場所でも、たいへんなものである。

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